2015年9月7日月曜日

「福島で子どもたちの健康を脅威にさらした責任を負う者は、ハーグで現在、責任を問われているアフリカやアジアの指導者らと同じ道を歩むべきである」(原告準備書面(5)第5、山下発言問題)

2012年9月、ノーベル平和賞(1984年)を受賞した南アフリカのツツ元大主教は、
イラクで失われた人命への責任を負う者は、(注:国際刑事裁判所が設置された)ハーグで現在、責任を問われているアフリカやアジアの指導者らと同じ道を歩むべきだ
と述べ、ブレア元英首相とブッシュ前米大統領を2003年のイラク戦争開戦の刑事責任を問い、国際刑事裁判所に訴追するよう呼び掛けたが、山下発言も次のように呼びかけるに相応しいものである。
福島で子どもたちの健康を脅威にさらした責任を負う者は、ハーグで現在、責任を問われているアフリカやアジアの指導者らと同じ道を歩むべきだ}原告準備書面(5)52頁より)


以下は、子ども脱被ばく裁判で、被告福島県に対し、「山下発言問題」を追及した2015年9月7日付け原告準備書面(5)の、「山下発言問題」部分の抜粋です。そのPDF->こちら
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第5 アドバイザー山下俊一の発言問題について(訴状請求原因第4)

 
1 原発事故直後、山下アドバイザーが自ら福島県に出向いた理由
その理由は、以下に述べる通り、放射能の危険から救済を求める福島県民の「県内の妊婦や子どもたちを避難させた方がいいのではないか」「ヨウ素剤をみんなにすぐに飲ませた方がいいのではないか」「(県内の妊婦や子どもたちを)すぐに避難を」といった声を封じ込めるためにである。

(1) 原発事故直後の3月13日、長崎大学は文部科学省の要請を受け、長崎大学病院国際ヒバクシャ医療センター所属の大津留晶(准教授、医師)をチームリーダーとする6名のチーム(以下、長崎大チームという)を千葉県千葉市の放射線医学総合研究所に派遣し、長崎大チームは、3月15日、福島県立医科大学を拠点として緊急被ばく医療活動を行なった(甲C第29号証[TY1] )。このとき、山下俊一長崎大医歯薬学総合研究科長(以下、山下アドバイザーという)の考えは「送り出したのは長崎大学の精鋭なので十分にやれる」(甲C第30号証[TY2] )だった。


(2) しかし、3月15日未明から、福島第一原発2号機の爆発が懸念され、福島市でも夕方から放射線量が急上昇し、午後5時で毎時20マイクロシーベルトを超えた(県県北保健福祉事務所)。このため、福島県立医科大学の教職員間で「県内の妊婦や子どもたちを避難させた方がいいのではないか」と話合いが持たれ、長崎大チームが呼ばれ意見を求められた。参加者から「ヨウ素剤をみんなにすぐに飲ませた方がいいのではないか」「(県内の妊婦や子どもたちを)すぐに避難を」という声が相次いだため、長崎大チームは「これはきちんとコントロールできる人が必要」と判断。チームリーダーの大津留晶は山下アドバイザーに「福島県立医科大は浮き足立っている、先生方がパニックになっている」と報告した(甲C第30号証)。報告を受けた山下アドバイザーは、教え子の高村昇(長崎大大学院医歯薬学総合研究科教授)の追加派遣を決めた。このとき、山下アドバイザーの考えは「長崎大チームと高村で福島の混乱に対応できる」(甲C第31号証[TY3] )だった。


(3) しかし、2日後の3月17日、福島県立医科大学理事長の菊地臣一から山下アドバイザーの携帯に電話が入り「福島医大がパニックだ。すぐに来てほしい」と懇請され、山下アドバイザー自らが福島入りすることになった。翌18日朝、山下アドバイザーは自衛隊のヘリコプターに乗り、午後4時に福島県立医科大学に到着。その夜、福島県立医科大学教職員約300名を対象に《放射線の基礎知識、被ばくのリスクなどを伝えた上で、福島医大の放射線量を示しながら大量被ばくの心配はないことを強調した》(甲C第32号証[TY4] )。それまで《みんな不安の固まり》(甲2)だった教職員の多くは彼の話を聞いて《医大に踏みとどまることを決意した》(甲C第32号証)。


2011年3月18日、福島県立医科大学に初めて登場した山下アドバイザー(長崎大HPより)

(4) 一夜明けた19日、山下アドバイザーと高村昇は、県災害対策本部が入った福島市の県自治会館内にある県病院局で佐藤雄平県知事と面会した。山下アドバイザーは《空間放射線量の測定結果から、発がんリスクが高まる被ばく線量100ミリシーベルトには達しないことを説いた。「このくらい(の線量)じゃ、心配はいらない」と助言》した(甲C第32号証)。これに対し、県知事は《県民がパニックにならないようにしてくれ》と要請した(甲C第30号証。2枚目右段山下発言)。このあと、両名は福島県幹部と面談し、《「とにかく放射線に対する正しい知識を広めてほしい」。県からの要請で、県放射線健康リスク管理アドバイザーへの就任が決まった。》(甲C第32号証)。福島県は2日前の17日に原発事故に対応する相談電話を設けたが、職員の放射線に対する知識は乏しく、原子力に詳しいOBをかき集めて対応したが、3本の電話回線は鳴りっ放しで多い日には450件を超え、1時間で20件近い問い合わせがあった。県は放射線が健康に及ぼすリスクを住民に説明できる専門家を切実に求めていたのである(甲C第32号証)。


(5) 県放射線健康リスク管理アドバイザーとしての山下アドバイザーと高村昇の最初の仕事は就任直後の記者会見だった。19日、就任直後の自治会館内で報道陣の取材に応じた。「福島市の放射線量が上がっているが大丈夫なのか」「国の屋内 退避指示の判断は正しいのか」。矢継ぎ早に質問が飛んだ。2人は放射線の健康影響について、「全く心配ない」と繰り返し答えた。空間線量から住民が100 ミリシーベルトを超える放射線を浴びることはないと分かっていたからだ。翌20日から、いわき市を皮切りに、「原発事故の放射線健康リスク」と題した講演会を次々とこなし、福島県内のテレビ・ラジオにも積極的に出演し、最初の記者会見と同じ言葉を重ねた(甲C第32号証)。さらには、彼の講演録が福島県内の市の市政だよりをはじめ、多くの行政広報誌で採録されて配布された。こうして、山下アドバイザーの発言は次から次へと拡散され、県民に絶大な影響を及ぼした、すなわち、それまで放射線の健康影響を憂慮し藁をもすがる思いでいた福島県民の多くは、甲C第9号証の特集「告発された医師」(18頁~)で広河隆一氏が、甲C第36号証[TY5] 「人々を欺く医師の罪を問う」(32頁~)で薬害エイズ裁判の代理人保田行雄弁護士が指摘したように、山下アドバイザーの「100%安全です」(甲C第9号証18頁。いわき市の講演)や「(飯館村で)放射線は心配することはない」(同32頁)といった話を聞き、「すっかりに安心して」警戒心を解いてしまったのである。

2013年3月15日福島民報
「第二部 安全の指標(3) 研究者の苦悩 予想されていた批判」に掲載

(6) 以上の通り、山下アドバイザーが自ら福島県に出向いた最大の理由は、「100 ミリシーベルトを超える放射線を浴びることはないから健康には影響がない」点を強調し、放射能の危険から救済を求める福島県民の「県内の妊婦や子どもたちを避難させた方がいいのではないか」「ヨウ素剤をみんなにすぐに飲ませた方がいいのではないか」「(県内の妊婦や子どもたちを)すぐに避難を」といった声を封じ込めるためであった。



2 山下アドバイザー発言の問題点1(総論)


(1) 放射線健康リスク管理アドバイザーの職務


山下アドバイザーは「放射線が健康に及ぼすリスクを住民に説明できる専門家」として、福島県からの依嘱で県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任した。

一般に、健康に悪影響をもたらす原因となる可能性のある物質をハザード(危害要因)と呼び、ハザードが存在する結果として生じる健康への悪影響が起きる可能性とその程度(健康への悪影響が発生する確率と影響の程度))をリスクという。ハザード(危害要因)の実例としては、生物学的要因として食中毒菌、ウイルス、寄生虫、化学的要因として農薬、添加物、物理的要因として異物、放射線が挙げられる。ハザード(危害要因)によって人の健康に悪影響を及ぼす可能性がある場合に、その発生を防止し、またはそのリスクを最小限にするための枠組みを「リスク分析」という。

リスク分析はリスク評価、リスク管理およびリスクコミュニケーションの三つの要素からなっており、これらが相互に作用し合うこと(以下の図参照)によって、リスク分析はよりよい成果が得られるとされている(以上、内閣府食品安全委員会作成の食品の安全性に関する用語集による)。


    この図にも示されている通り、リスクに対する科学的知見に基づき、科学的評価を下すのが「リスク評価」であり、そのリスク評価結果を踏まえ、様々なファクターを総合的に考慮した上で適切な政策決定と実施(行政主体による行政措置)を行うのが「リスク管理」である。従って、放射能による健康への影響についての専門家である山下アドバイザーがその専門性を発揮できるのは、リスク評価のうち、放射能による健康への影響(リスク)について科学的知見に基づき科学的評価を下すことである。原子力工学などそれ以外の分野の科学技術のリスク評価は彼の専門外である。また、リスク評価を踏まえて避難基準や食品安全基準を設定する「リスク管理」も言うまでもなく彼の専門外である。

(2) 放射能による健康への影響(リスク評価)に関する発言


しかるに、県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任し、直ちにその職務を遂行した山下アドバイザーは、以下に述べる通り、大別して次の2つに分類できる問題発言をくり返した。

① 放射能による健康への影響(リスク評価)について、不合理な知見に基づき、非科学的な評価を下した。


② 放射能による健康への影響についての「リスク管理」について、あたかもその方面の判断者であるかのように振舞って、明らかに事実と相違する不当な発言をした。


③ 放射能による健康への影響(リスク評価)についての問題発言の意図


     よく知られている通り、この点についての最大の問題発言は「100ミリシーベルトを超える放射線を浴びることはないから健康には影響がない」(以下、「100 ミリシーベルト発言」という。)である。しかし、当初、山下アドバイザーは、以下のとおり、100ミリシーベルト発言と矛盾する、またはこれと別な切り口の非科学的な発言も積極的にくり返していた(甲C第9号証)。
日時・場所
発言
①.2011年3月20日記者会見
1時間当たり20マイクロシーベルトの放射線が降り注いだとして、人体に取り込まれる量は約1/10の1時間当たり2マイクロシーベルト以下か更に少ないと考えられます。2マイクロシーベルトを24時間受け続けたとしても約50マイクロシーベルトにしかなりません[1]
世界中には、1年間に10ミリシーベルトや50ミリシーベルトの被ばくを自然界から受ける放射線の高い地域があり、その環境下に住んでいる方々でも、将来ガンになるリスクは、他の地域の方々と全く変わりません。
②.同上
100マイクロシーベルトまでならなければまったく心配いりませんので、どうぞ胸を張って歩いてください。
③.2011年3月21日福島市講演
科学的に言うと、環境の汚染の濃度、マイクロシーベルトが、100マイクロシーベルト/hを超さなければ、全く健康に影響及ぼしません。ですから、もう、5とか、10とか、20とかいうレベルで外に出ていいかどうかということは明確です。昨日もいわき市で答えられました。「いま、いわき市で外で遊んでいいですか」「どんどん遊んでいい」と答えました。福島も同じです。心配することはありません。是非、そのようにお伝えください。
④.同上
(子どもを守る数値の目安は?という質問に対し)
私がいつも言うように100マイクロシーベルト/hというのは、それ以上になると屋内退避すべきだと思います。

山下アドバイザーは、なぜ100ミリシーベルト発言と矛盾する、或いは異なる上記発言に及んだのか。それは、いわき市も福島市も3月15日に空間線量が毎時20マイクロシーベルト(年間に換算して182.5ミリシーベルト[2])以上に上昇したため、この事態で安全を言うためには、もはや100 ミリシーベルト発言では説得力を失ったため、そこで、人体に取り込まれる量は10分の1の毎時2マイクロシーベルトである(上記①)とか、毎時100マイクロシーベルト安全基準(上記②~④)といった、荒唐無稽な発言を新たに繰り出すに至ったのである。換言すれば、ここから山下アドバイザーの首尾一貫した目的が浮き彫りにされる――それは、福島県がどんな深刻な放射能汚染状況であろうとも住民に健康被害はなく、避難の必要がないことを訴えること、つまり集団避難によって福島県が崩壊する事態防止をひたすら配慮し、県民の人命・健康は犠牲にしても、福島県の経済復興の妨げになる要素をすべて取り除くことにあった[3]。これが、県民に放射線に対する正しい知識を広め、正しく怖れるという放射線健康リスク管理アドバイザーとしての本来の目的から著しく逸脱するものであることは言うまでもない。

3 山下アドバイザー発言の問題点2(リスク評価)


(1) 放射能による健康への影響について1(100 ミリシーベルト発言)


    山下アドバイザーは、100ミリシーベルトについて、以下の発言(とりわけ②)をくり返した(甲C第9号証)。
日時・場所
発言
①.2011年3月21日福島市講演
放射線はエネルギーとして、1つ覚えてください。1ミリシーベルトの放射線を浴びると皆様方の細胞の遺伝子の1個に傷が付きます。簡単!100 ミリシーベルト浴びると100個傷が付きます。これもわかる。じゃあ、浴びた線量に応じて傷が増える。これもわかる、みんな一様に遺伝子に傷が付きます。 しかし、我々は生きてます。生きてる細胞はその遺伝子の傷を治します。
 いいですか。1ミリシーベルト浴びた。でも翌日は治ってる。これが人間の身体です。 100ミリシーベルト浴びた。99個うまく治した。でも、1個間違って治したかもしれない。この細胞が何十年も経って増えて来て、ガンの芽になるという事 を怖がって、いま皆さんが議論している事を健康影響というふうに話をします。まさにこれは確率論です。事実は1ミリシーベルト浴びると1個の遺伝子に傷が 付く、100ミリシーベルト浴びると100個付く。1回にですよ。じゃあ、今問題になっている10マイクロシーベルト、50マイクロシーベルトという値 は、実は傷が付いたか付かないかわからん。付かんのです。ここがミソです。
②.5月3日二本松市講演
何度もお話しますように100ミリシーベルト以下では明らかな発ガンリスクは起こりません。

そして、100ミリシーベルト発言から次の安全発言が導かれた(甲C第9号証)。
日時・場所
発言
①.2011年3月21日福島市講演
20~30キロ圏内の住民の避難の必要性】
これだけ原発がトラブルを起こして危ない、最悪のシナリオだといいながら、じゃあなぜ国は 20~30キロの人を避難させないんでしょうか。ここは知恵の絞りどころです。今の現状は危険じゃないからです。だから、避難させる必要がないのです。
②.同上
【マスクの必要性について】
これは、花粉症には効くでしょう。はい。放射能のそういう物質をどうやってブロックするか。皆さん、濡れタオルを口にしたことはありますか。窒息するぞ、 これ。でも、そんなことを平気で書いとるね、新聞は。これは気休めです。でも、気休めを言わなくちゃいけないようになっとるんです。基準がそう書いとるから。だから、皆さん、マスク止めましょう。
③.同上
【マスクなしの外出(自転車通勤)について】
今の外に出て2時間半くらい自転車でこいで行って吸っても、たいへん嬉しいことに、あるいは残念なことに、まず男、20歳以上、全く影響ありません。どんどんやって大丈夫です。それはご心配いりません。
④.2011年4月5日日本財団主催の講演
いま環境中に放出されている放射性物質の健康影響について、「その線量は極めて微々たるもので、全く心配が要らない量だ」とし、随時モニタリングされ適切な対策がなされている現状では、「いまの日本人に放射性降下物の影響は起こり得ない」と断言した。(日経メディカルオンライン4月6日)
(5).2011年4月9日 NHKニュース
【20キロ圏外の小中学校の線量測定結果について】
福島第一原子力発電所の事故を受けて、福島県が県内の小中学校など1600か所余りで放射線量を調査した結果、ほとんどの学校(注:9校以外)では、1時間あたり10マイクロシーベルトを下回りました。
‥‥この調査結果について放射線の問題に詳しい長崎大学大学院の山下俊一教授は、「健康には影響のない放射線量になっている」と分析した上で、「被災地の子どもたちが安心して通えるよう、国は学校における放射線量の安全基準を早急に作らなければならない」と指摘しました。

100ミリシーベルト発言がいかに不合理なものであるか、以下の通り、山下アドバイザー自身が原発事故以前に行なった発言・論文と対比してみただけで一目瞭然である(アンダーラインは原告代理人)。
講演・論文
内容
①.「被爆体験を踏まえた我が国の役割」3頁(2000年)(甲C33)
4.今後の展望
チェルノブイリ周辺住民の事故による直接外部被ばく線量は低く、白血病などの血液障害は発生していないが、放射線降下物の影響により、放射性ヨードなど による急性内部被ばくや、半減期の長いセシウム137などによる慢性持続性低線量被ばくの問題が危惧される。現在、特に小児甲状腺がんが注目されている が、今後、青年から成人の甲状腺がんの増加や、他の乳がんや肺がんの発生頻度増加が懸念されている。
②.「放射線の光と影」543頁左段(2009年)(甲C34)
主として20歳未満の人たちで、過剰な放射線を被ばくすると、10~100mSvの間で発がんが起こりうるというリスクを否定できません‥‥チェルノブイリの教訓を過去のものとすることなく、「転ばぬ先の杖」としての守りの科学の重要性を普段から認識する必要がある。
③.「放射能から子どもの未来を守る」9~10頁
【児玉龍彦東京大学アイソトープ総合センター長(以下、児玉教授という)による原発事故以前の山下アドバイザー発言の紹介】
山下氏は、福島原発事故以前は、学会で、放射能を使うPETやCT検査の医療被曝については、2ミリシーベルト程度の自然放射線と同じレベルについても、「医療被曝の増加が懸念される」と述べ(※)、学問的には危険性を認め対応を勧めている。

(※)「正しく怖がる放射能の話」(長崎文献社)、「長崎醫學會雑誌」(長崎大学) 81特集号

①について、山下アドバイザーが危惧する《慢性持続性低線量被ばくの問題》とは、いうまでもなく100ミリシーベト以下の低線量被ばくのことである。
他方、危機管理の基本原則について児玉教授は次のように述べている。
「危機管理の基本とは、危機になったときに安全基準を変えてはいけないということです。安全基準を変えていいのは、安全性に関する重大な知見があったときだけ》である。」(2011年11月25日「第4回低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」での発言〔21分~〕)
これによれば、原発事故以前の山下アドバイザーの発言は安全性に関する重大な知見がない限り、撤回・変更されるべきでない。しかし、山下アドバイザーはこれらの知見があるという説明も証明もなしに、原発事故以前の彼自身の発言と矛盾する100ミリシーベルト発言をくり返し表明した。この意味で、100ミリシーベルト発言は不合理であり、非科学的としか言いようがない。

(2) 放射能による健康への影響について2(100 ミリシーベルト発言以外の問題発言)


    山下アドバイザーは、放射能による健康への影響について、100ミリシーベルト発言以外にも以下の問題発言をした(甲C第9号証)。
日時・場所
発言
①.2011年3月20日記者会見
【飲料水から放射性ヨウ素が検出された問題】
3月19日23時現在における数字は24ベクレル/kgであり、飲料水の基準値である300ベクレル/kgを大きく下回っております。また、放射性ヨウ素の半減期は8日と短く、短期間で希釈されますので、甲状腺が影響を受けるということは全くありません。
②.2011年3月21日福島市講演
【放射線に対する感受性】
人は二十歳を過ぎると放射線の感受性は殆どありません。もう限りなくゼロです。大人は放射線に対して感受性が殆どないということをまず覚えてください。
‥‥放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。

①について、飲料水の基準値であるヨウ素131の300ベクレル/kgは原発事故発生を受け、暫定的に2011年3月17日に基準値が定められたもので、それまでは飲料水基準がなかったため、WHOの基準(10ベクレル/L)を採用していた。つまり、3月16日までの基準なら24ベクレル/kgは明らかに悪影響ありとされた。また、「放射性ヨウ素の自然的性質により甲状腺が影響を受けるということは全くない」というのであればそもそも安定ヨウ素剤の服用の問題は生じる余地がない。
    ②の放射線に対する感受性については、物理学者・医学者のジョン W・ゴフマン「人間と放射線」(1981年)の研究がつとに知られている(下記のグラフ参照)。もし山下アドバイザーが知らなかったと言うのなら、怠慢としか言いようがない。「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。」を聞いた一般市民は、笑うことで、放射線を撃退するか人体への侵入を防衛するかのように思い込み、すっかり安心してしまう。これが科学の名に値する説明たり得ないことは明らかである。
     小出浩章ほか「原発・放射能 子どもが危ない」25頁

(3) 放射能による健康への影響以外の分野のリスク評価

    山下アドバイザーは医師であり、放射能による健康への影響に関する専門家であっても、それ以外の分野の専門家ではない。にもかかわらず、それ以外の分野についても、以下の通り、専門家のような口ぶりで誤った知見を表明した(甲C第9号証)。
日時・場所
発言
①.2011年3月20日いわき市講演会
水素爆発が2度、3度くり返されました。しかしそのときに、まったく日本の原子炉からは放射性物質は漏れ出ていません。それほどすごい技術力があります、それはもう間違いがないことです。
②.2011年4月5日日本財団主催の講演
福島第一原発の原子炉が今回の地震で損傷なく生き延び、日本の科学の粋をもって緊急炉心停止が行われたのは不幸中の幸い。‥‥チェルノブイリの100分の1程度の放射性物質が環境中に放出されたと推測される‥‥

4 山下アドバイザー発言の問題点3(リスク管理)

(1) 安定ヨウ素剤の配布の有無について

   本来、安定ヨウ素剤の配布決定や避難基準・食品安全基準の設定等は、専門の研究者らによる科学的評価であるリスク評価の結果を踏まえて、行政主体が行なう行政措置であり、研究者であり一アドバイザーにとどまる山下アドバイザーに依嘱された職務ではない。
   しかるに、山下アドバイザーは、放射線健康リスク管理アドバイザー就任直後の記者会見で、安定ヨウ素剤の配布の有無について、次の通り、きっぱりと断言している(甲C第9号証)。

日時・場所
発言
①.2011年3月20日記者会見
【安定ヨウ素剤の配布の有無について】
この数値(毎時20マイクロシーベルト)で安定ヨウ素剤を今すぐ服用する必要はありません。

しかし、山下アドバイザーは、安定ヨウ素剤の配布について、原発事故以前、チェルノブイリ事故の直後、ソ連では安定ヨウ素剤は配布されず、そのため多くの子どもたちがのちに甲状腺がん等の病気になったのに対し、隣国ポーランドについて、次の通り述べていた。そうだとすれば、最低でも、これを参考情報としてアドバイスすべきであるのにそれをせず、それどころか、自分があたかも行政主体の中心であるかのような口ぶりで、配布の不要を語るのはアドバイザーとして明らかに権限を逸脱している。

日時・場所
発言
①.甲C34「放射線の光と影」537頁左段1行目
ポーランドにも、同じように放射性降下物が降り注ぎましたが、環境モニタリングの成果を生かし、安定ヨウ素剤、すなわち、あらかじめ甲状腺を放射性ヨウ素からブロックするヨウ素をすばやく飲ませたために、その後、小児甲状腺がんの発症はゼロです。
②、甲C33「被爆体験を踏まえた我が国の役割」ラスト
最後に、チェルノブイリの教訓を過去のものとすることなく、「転ばぬ先の杖」としての守りの科学の重要性を普段から認識する必要がある。

(2) リスク管理の基本について

    山下アドバイザーは、リスク管理の基本について、次のように発言した(甲C第9号証。②は東日本大震災復興支援 第1回シンポジウム~長崎から福島へ~)。

日時・場所
発言
①.2011年5月3日二本松市講演
日本政府がすべてを責任をとっていただければ一番すむことですが、責任は取れない、皆様方の命です。命の選択は我々個人個人が可能な限り選ばなくてはいけません。何もしないという選択もあります。しかし、それもリスクを伴います。何かをするということも当然リスクを伴うわけです。
②.2011年5月20日東京講演
現場に入り、そしてこの人たちに安心、安全をいかに説くかということ、安全ということはありません。しかし、安心をいかにしてパニックを抑えるかということが当初の目的でありました。
    
    しかし、①は喫煙、飲酒といった個人が選択できるハザード(危害要因)と原子力災害や狂牛病といった巨大人災のため個人の選択の余地がないハザード(危害要因)の関係を間違えている。確かに喫煙、飲酒といった個人が選択できる危害要因なら《命の選択は我々個人個人が可能な限り選ばなくてはいけない》、すなわち我々一般市民が自己責任を負うのはその通りである。しかし、そもそも個人の選択の余地のない巨大人災の原子力災害にまで被害者である一般市民が自己責任を負う根拠はない。何よりもまず第1に救護の責任を負うのは加害者である国である。それを《日本政府は責任は取れない》と言って憚らないのはリスク管理の基本を理解していないと言うほかない。
また、②は安全と安心の関係を間違えている。通常、安全とは「具体的な危険が物理的に排除されている状態」(黒川清『食の安全と安心を守る』11頁。日本学術協力財団、2005年3月)という客観的状態のことを指すが、これに対し、安心とは一般市民の主観的状態について述べたものであり、「安全であって、なおかつ安全であることへの信頼感が存在する状態」のことである。それゆえ、たとえ客観的に安全であっても前述の信頼感がない場合には安心とはいえない。
ところが、山下アドバイザーは、客観的に安全ではない状態にもかかわらず、一般市民に「安全であることへの信頼感が存在する」として安心を得ようとすることについて語っている。これは、客観的に安全ではないのに安全と思い込ませることであって、一般市民を欺くこと、詐欺にほかならない。たとえ《パニックを抑えるため》という動機であったとしても、それでこの欺きを正当化することはできない。パニックは山下アドバイザーの持論である、安全性について真実を伝え「正しく怖れること」を通じてのみ真の解決が実現するものだからである。

5 小括

(1) 以上の通り、100ミリシーベルト発言をはじめ山下アドバイザーの一連の発言は、それまで放射線の健康影響を憂慮し藁をもすがる思いでいた福島県民の多くをすっかりに安心させ、警戒心を解かせてしまい、県民に無用な被ばくをさせることになった。

(2) 他方で、少数ながら、これらの山下発言を「おかしい」と見抜いた福島の人たちはどのような感情を抱いたか、児玉教授は次のように紹介した。

《そのお医者さんの奥さんが「これはおかしい」と思ったのは、山下先生たちはチェルノブイリで牛乳を飲んだ子どもたちの甲状腺がんが増えたことを知っているし、医療用の放射線被曝の危険性についても著作で書かれている。そういう専門家の説明会だというのに、「放射線の影響は、ニコニコ笑っている人にはきません。クヨクヨしている人にきます」などと言っている。その瞬間に、地獄を見た思いがしたそうです。だって、チェルノブイリに4000人の子どもの甲状腺がんが出たと言い、それを調査するのに日本の研究者である自分たちも貢献しましたと書いているわけです。なのに、「大丈夫」ということを言うために、わざわざ福島までやって来ている。これはどういうことなんだろう?‥‥》(「放射能から子どもの未来を守る」64頁)
さらに、山下アドバイザーの一連の発言を「おかしい」と怒った福島県民の中から、山下俊一氏を放射線リスク管理アドバイザーをはじめ全ての県の役職からの解任を求める県民署名(甲C第35号証)が起こり、次の抗議が表明された。
《親の立場から許しがたいのは山下氏が『大丈夫だ』『子どもを外で遊ばせていい』という発言をくりかえしたこと。彼を信じて子どもを外で遊ばせた親たちは 今、わが子を被ばくさせてしまったことへの後悔と罪悪感で苦しんでいる。県民の健康影響を調査する検討委員に山下氏は最もふさわしくない。》(2011年6月20日記者会見で中手聖一氏の発言)

6 法律関係について

(1) 「公権力の行使」について

    国家賠償法1条の「公権力の行使」とは「全ての国家行為から純然たる私経済作用と国家賠償法2条に基づく公の営造物の設置または管理作用を除くすべての作用」と解されているから(古﨑慶長「国家賠償法」95頁ほか)、上記の山下アドバイザーの一連の発言(以下、山下発言という)が「公権力の行使」に含まれることは明らかである。
    これを具体的に述べると以下の通りである。
    福島県は、福島原発事故の発生に対し、総論として、原子力災害対策特別措置法(以下、原災法という)5条により、防災計画に沿って原子力災害事後対策の実施のために必要な措置を講ずる責務を負っている。さらに具体論として、福島県は原災法26条2項に基づき、同条1項に定める緊急事態応急対策(1号「情報の伝達」又は3号「被災者の保護に関する事項」)を行なう責務を負っている。その結果、福島県は県民に被ばくの危険についての情報提供をする責務がある。この情報提供の責務を果たすにあたって、その職務を放射線が健康に及ぼす影響の専門家である山下アドバイザーに委託して行わせたものである。従って、これが「公権力の行使」に該当するのは当然である。

(2) 「公務員」について

    国家賠償法1条の「公務員」とは「公務員の職にある者だけでなく、給与・報酬の有無を問わず、一時的にでも公務を委託されてこれに従事する一切の者」をいう(注釈民報(19)(乾昭三)395頁)。従って、県放射線健康リスク管理アドバイザーが「公務員」であることは明らかである。

(3) 「違法性」について

    県放射線リスクアドバイザーは、県民一人一人が被ばく問題について適切な選択をするために、個々の県民との関係で、放射線のリスクに関する情報を正しく伝える職務上の注意義務を負っている。しかるに、山下アドバイザーは、1~5で詳述した通り、2011年3月19日、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーに就任以来、この注意義務に違反し、放射線が健康に及ぼす影響について、100 ミリシーベルト発言を初めとする明らかに不合理な科学的な知見を次から次へと県民に表明し、現実には、仙台高等裁判所が《チェルノブイリ原発事故後に児童に発症したとされる被害状況に鑑みれば、福島第一原発付近一帯で生活居住する人々とりわけ児童生徒の生命・身体・健康について由々しい事態の進行が懸念される》と認定したとおり(甲B第29号証12~13頁。2013年4月24日決定)、重大な被ばくにより深刻な健康被害の発生が懸念されるにもかかわらず、くり返し「健康には影響がない」と断言し、安全であるかのように県民を欺いたものであり、これを信用した多くの県民が被ばくについての警戒心を解いたため、多くの県民とりわけ子どもたちが無用な被ばくを強いられた。その結果、通常、百万人に1人と言われる小児甲状腺がんは、原発事故から4年経過した本年6月30日現在、検査対象38万人の子どもたちのうち確定と疑いの両方で137人に達した(子どもの人口が福島県の約5倍のベラルーシで、チェルノブイリ事故後4年後の小児甲状腺がん患者数は18名だった。)。また、福島県の子どもたちは、小児甲状腺がん以外にも深刻な健康被害を蒙っている可能性が高い。
    そして、山下発言を原発事故前の彼の発言・論文と対比したとき両者が正反対の内容となっていることからも、山下発言は勘違いで済まされるものではなく、第5の2、3で詳述したとおり、「福島県がどんな深刻な放射能汚染状況であろうとも住民に健康被害はなく、避難の必要がないことを訴えること、つまり集団避難によって福島県が崩壊する事態防止をひたすら配慮し、県民の人命・健康は犠牲にしても福島県の経済復興の妨げになる要素をすべて取り除くこと」という目的に基づき、その目的実現のために用意周到に計画され準備された発言であって、その結果、回復不可能または回復困難な健康被害を蒙った県民とりわけ子どもたちに対する人権侵害という点において、山下発言は前例をみないほど悪質であり、その違法性の程度は、2012年6月、福島原発告訴団が山下アドバイザーを「誤った情報により住民の避難を妨害し、無用の被爆を生じさせたとして、業務上過失致傷罪で刑事告訴した」が(甲C第36号証33頁「人々を欺く医師の罪を問う」)、その被害の規模と組織的取り組みの点において一般刑事事件の枠組みには収まり切れず、1998年に「20世紀に何百万人もの子どもたち、女性及び男性が、人類の良心に深い衝撃を与えた想像を絶する行為の犠牲になったことに留意して[4]」設立された国際刑事裁判所の場で、住民に対する広範かつ組織的な犯罪として裁かれる「人道に関する罪」[5]にも匹敵するほど重大である。
この意味で、2012年9月、ノーベル平和賞(1984年)を受賞した南アフリカのツツ元大主教は、
「イラクで失われた人命への責任を負う者は、(注:国際刑事裁判所が設置された)ハーグで現在、責任を問われているアフリカやアジアの指導者らと同じ道を歩むべきだ」
と述べ、ブレア元英首相とブッシュ前米大統領を2003年のイラク戦争開戦の刑事責任を問い、国際刑事裁判所に訴追するよう呼び掛けたが、山下発言も次のように呼びかけるに相応しいものである。
「福島で子どもたちの健康を脅威にさらした責任を負う者は、ハーグで現在、責任を問われているアフリカやアジアの指導者らと同じ道を歩むべきだ」

7 小括

以上から、山下発言が県民とりわけ子どもたちに無用な被ばくを強いた重大な違法なものであることは自明であり、被告福島県は国家賠償法1条の責任を免れない。

以 上




[1] 年間に換算すると、18.25Sv。
[2] 20×24×365=182500μSv=182.5mSv
[3] その思いは、山下アドバイザーの以下の初期の講演の中に、色濃くにじみ出ている(甲C第9号証)。
日時・場所
発言
2011年3月20日いわき市講演
ぜひ今まで生きてきた皆さまがたの力を、決して後退させることなく前に進めるために、このいわき市が踏みとどまらなくして、日本全体の安全、安心を誰が発信できるのでしょう。私は最初に申し上げましたように、福島における健康の心配はない。ないのに放射線や放射能を恐れて恐怖症でいつまでも心配してるということは、復興の大きな妨げになります。
2011年3月21日福島市講演
これから福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、何でも福島。これは凄いですよ。もう、広島・長崎は負けた。福島の名前の方が世界に冠 たる響きを持ちます。ピンチはチャンス。最大のチャンスです。何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です。
2011年5月3日
二本松市講演
平時では皆さん、1ミリシーベルトしか浴びない、しかし、非常時には平時の基準は通用しない、ということであります。じゃあ、通用しなければ、どういう基準をもって皆様方の生活を守り、経済的な崩壊を防ぎ、家族がばらばらになることを防ぐことができるか、もっと言うと、どのように対応すれば福島を崩壊させずにすむかということが私が最も腐心した点であります。
‥‥この福島を無視できない。元気な子どもが消えたらどうします。絶対にこの場所にいてほしいと思いますし、この環境を守り続けるのが私たちの責任と思っています。


[4]「国際刑事裁判所に関するローマ規程」の次の前文参照。
 「20世紀に何百万人もの子どもたち、女性及び男性が、人類の良心に深い衝撃を与えた想像を絶する行為の犠牲になったことに留意し‥‥」
「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪は、罰せられることなく放置されてはならないこと‥‥を確認し、これらの犯罪を行なった者が処罰を免れることに終止符を打ち、もってそのような犯罪の防止に貢献することを決意して‥‥以下の通り合意に達した。」
[5]その他の同様の性質を有する非人道的な行為であって、身体又は心身の健康に対して故意に重い苦痛を与え、又は重大な傷害を加えるもの(「国際刑事裁判所に関するローマ規程」7条1項ラスト)


 [TY1]崎大HP緊急ひばくしゃ対応支援 活動状況http://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/earthquake/support/hibaku/hibaku.html#3/13

 [TY3]福島民報「第二部 安全の指標() 研究者の苦悩 医療現場に不安拡大」→http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2013/03/post_6644.html


 [TY4]福島民報「第二部 安全の指標() 研究者の苦悩 予想されていた批判」→http://blog.goo.ne.jp/okawaraarishige/e/974a6314fd929e78a9ef88d01fda7b2f


 [TY5]甲54の雑誌「DAYS JAPAN」に掲載の記事。